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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和61年(ラ)30号 決定 1987年1月22日

抗告人

本郷外雄

相手方

株式会社富山銀行

右代表者代表取締役

米田寿吉

右代理人弁護士

樋爪勇

主文

原決定を取消す。

富山地方裁判所高岡支部昭和五八年(ケ)第八〇号事件につき、同裁判所が昭和六一年一〇月一三日言渡した売却許可決定を取消す。

理由

一抗告人は、主文と同旨の裁判を求め、その理由として別紙抗告理由書記載のとおり主張した。

二よつて検討するに、一件記録によると、次の各事実が認められる。

1  相手方は、昭和五八年一一月一一日富山地方裁判所高岡支部(以下「執行裁判所」という)に対して、債務者川本海記所有の別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」又は「本件土地建物」という)につき競売を申立て、同裁判所昭和五八年(ケ)第八〇号競売事件として係属した。

2  執行裁判所は昭和五九年二月一六日、富山地方裁判所高岡支部執行官に対して本件不動産の現況調査を命じ、不動産鑑定士舟崎治平を評価人に選任して本件不動産の評価を命じた。同鑑定士は同年四月一〇日執行裁判所に対して、本件土地の評価額五三二万八〇〇〇円(一平方メートル当たり五万二〇〇〇円)、本件建物の評価額三八万円(一平方メートル当たり五四〇〇円)、以上合計五七〇万八〇〇〇円とする鑑定評価書を提出し、執行官は同月一三日執行裁判所に対して、債務者兼所有者川本海記が昭和五八年五月頃から本件建物を放置して所在不明となつたので、現況は空家の状態である旨記載した現況調査報告書を提出した。

3  執行裁判所は昭和五九年五月二九日物件明細書を作成し、本件土地建物を一括売却とし、最低売却価額を五七〇万八〇〇〇円(土地五三二万八〇〇〇円、建物三八万円)と定めて、期間入札の方法で本件不動産を売却することとして、同年五月二九日、同年八月二〇日、同年一〇月五日、同年一二月二五日、昭和六〇年一〇月一日、昭和六一年二月八日と六回にわたり売却実施命令を発したが、いずれも適法な入札がなかつた。

4  相手方が昭和六一年七月二日執行裁判所に対して本件不動産の再評価を上申したので、執行裁判所は同日舟崎鑑定士に対して本件不動産の再評価を命じたところ、同鑑定士は同月七日執行裁判所に対して、主として経年に伴う減価を理由として、本件土地建物につき先の評価額より二〇パーセント減額する旨の意見書を提出した。

5  執行裁判所は、同年七月一一日前同様の物件明細書を作成し、前同様本件土地建物を一括売却とし、最低売却価額を四五六万七〇〇〇円(土地四二六万三〇〇〇円、建物三〇万四〇〇〇円)と変更したうえ、同月二三日期間入札の方法による売却実施命令を発したところ、抗告人が同年一〇月一日本件不動産につき四五七万三〇〇〇円で入札したので、執行裁判所は同月一三日抗告人に対して売却許可決定をした。

6  抗告人は、本件建物を自己の娘の住居として使用する目的で本件不動産の買受け申出(入札)をしたのであるが、入札後本件建物の現況を調査したところ、昭和六〇年一〇月二五日午後二時三〇分頃子供数人が空家となつていた本件建物に入り込んで火遊びをしていて火災となり、火は間もなく消し止められ建物構造本体に損傷はなかつたが、床板、障子戸の桟、畳の一部を焼損し、火遊びや消火作業の後始末もなされておらず、惨状を呈し右床板等を取り替え修復するには四〇万円以上もの費用を要することが明らかとなつた。

7  そこで、抗告人は、住居として使用する気持にはとてもなれず、火災のことが解つておれば本件不動産買受けの申出などしなかつたとして、同年一〇月一八日執行裁判所へ売却許可決定の取消の申立に及んだ。

三ところで、民事執行法七五条一項は、最高価買受申出人が買受けの申出をした後不動産が損傷した場合について規定し、買受けの申出をする前に不動産が損傷していた場合については規定していないが、実際問題としては、目的不動産に損傷が生じているのに、執行官による現況調査、評価人による評価、執行裁判所による最低売却価額の決定及び物件明細書の作成等の各手続段階においてこれが見過ごされ、手続が最高価買受申出人による買受けの申出以後の段階にまで進行することもあり得る。このような場合には、目的不動産について生じた損傷は、最低売却価額にも現況調査報告書や物件明細書の記載にも反映されていないから、最高価買受申出人からすれば買受け申出後不動産が損傷した場合と異ならず、従つて前記法条は右のような場合にも拡張して類推適用すべきものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前記認定によると、火災が発生したのは昭和六〇年一〇月二五日であるところ、現況調査報告書、当初の鑑定評価書が執行裁判所へ提出されたのは昭和五九年四月であり、執行裁判所が本件不動産の当初の物件明細書を作成し、当初の最低売却価額を決定したのは同年五月であるから、執行裁判所は火災後も火災の発生による本件建物の損傷を見過ごして手続を進行させたことが明らかである。もつとも、執行裁判所は、火災後の昭和六一年七月二日舟崎鑑定士に対して本件不動産の再評価を命じ、同鑑定士の同月七日付の意見書に基づき、同月一一日本件建物の最低売却価額を従前の三八万円から三〇万四〇〇〇円に減額しているが、これは主として経年に伴う減価を理由とするものであり、本件建物の火災による損傷に気付いておらずこれを理由とするものではない。

相手方は、本件建物の被害は僅少であり、また評価自体が低廉なので、この程度の損害では原決定の取消事由には当たらないと主張する。しかし、前述の如く、本件建物の評価額は三〇万四〇〇〇円であるところ、本件建物の火災による損傷の修復には四〇万円以上も要するうえ、不法侵入者に踏み荒らされた状況を呈しているのであり、そしてもともと抗告人は本件建物を住居として使用する目的で買受けの申出をしたのであり、本件土地を目当てに買受けの申出をしたのではないから、本件不動産の損傷をもつて軽微であるということはできない。

以上の次第で、抗告人は火災による損傷の発生を知つていれば本件不動産の買受けの申出をしなかつたと認められるから、抗告人は、民事執行法七五条一項の類推適用により、執行裁判所に対して売却許可決定取消の申立ができるものというべきである。

四よつて、本件抗告は理由があるから、原決定を取消したうえ売却許可決定を取消すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官井上孝一 裁判官紙浦健二 裁判官森髙重久)

抗告理由書

一 原決定は、火災後に不動産鑑定士の意見書に基づき物件明細書が作成されており、そこでは最低売却価額が減額されているから、物件明細書の記載が本件建物の現況と著しく相違しているとはいえないし、火災も軽微であつて民事執行法の損傷に該当しないと述べている。

二 しかし、同鑑定士は火災発生の事実は全く知らず、本件建物が長期にわたり売却できないので、裁判所の再評価命令に基づき、建物内部を調査せずに前記意見書を提出したのである。右意見書には火災発生の事実は一言も記載されておらず、毎月の経過により従前の価額三八万円から三〇万四〇〇〇円に逓減すると記載されているにすぎない。同鑑定士が火災発生の事実を知悉して内部を観察していたならば、火災による価値の減額もあり減額幅が増すことが明白であつた。

三 裁判所が選任した不動産鑑定士ですら建物内部を観察せずしてした鑑定が当を得ないことは明白で、この鑑定書に基づき作成された物件明細書を信じて抗告人が最高価買受申出をしたことは無理からぬことである。そもそも民事執行法の改正にあたつては、素人による買受申出を容易にするために物件明細書を作成し、適切妥当な価額で買受申出ができるようにする趣旨も含まれていたのである。

四 抗告人は本件競売物件につき内部を観察したいと希望したが、その観察もできない状態であつたから、物件明細書に記載のとおりと信じて買受申出をしたのであり、火災のあつた建物を、しかも修繕費四〇万円余りを使つてまで買受申出をしなければならないいわれはない。

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